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伊藤理佐さんは漫画家さんです。「ステキな奥さん ぶはっ」伊藤理佐 kindle版

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 伊藤理佐さんのイラスト漫画つきエッセイ本、「ステキな奥さん ぶはっ」を読みました。

 

 雑誌(他にどう呼べば良いのかわからないです)オレンジページの熱心な読者というわけではありませんが、男も安心して読める、女性向けの本です。不信心な読者ではありますが、オレンジページはけっこう読んでいます。

 オレンジページの毎号、シメのページに子育て漫画を描いているのが伊藤理佐さんです。その子育て漫画「おかあさんの扉」はとても好きな漫画ですし、漫画に登場する人物にもなぜか愛着があります。

 

 「ステキな奥さん ぶはっ」は、そのエッセイ版といっていいのかもしれません。作者、夫、娘、実家の人々、作者の姉妹、周りの人々、もろもろが登場します。子育て漫画「おかあさんの扉」の登場人物が文字になって記されています。

 

 私の読後感は、何か違和感がありました。素直に読めないというか、頭に入っていかないというか、モヤモヤの残る感じでした。

 

 私なりの分析ですが、「ステキな奥さん ぶはっ」が頭に入っていかない、もしくは頭が受け付けないのは「おかあさんの扉」の登場人物たちに愛着を抱いているそのことに原因があるのではないか、と考えています。

 

 実在する人を文字化して表現したのが「ステキな奥さん ぶはっ」で、実在する人を漫画のキャラクターとして漫画化したのが「おかあさんの扉」です。「おかあさんの扉」が好きな私としては、文字として表現されることに違和感を感じるのです。

 

 そうなると、漫画のノベライズは嫌いかといわれればそんなこともなく、漫画のノベライズで好きな作品は数は多くないけれどもあります。絶対に嫌いというわけではありません。

 

 なぜ私はエッセイ集「ステキな奥さん ぶはっ」を受け付けないのか。

 

 私が好きで、同じ人物が登場する漫画「おかあさんの扉」が4コマで、しかもギャグ子育て漫画、シンプルな線とデフォルメされた人物像、キャラクターとして「キャラ立ち」している登場人物・・・他に足すことも引くこともない表現をもって漫画化されているからではないかと考えます。

 

 「ステキな奥さん ぶはっ」は私にとっては、過剰な説明になってしまっているのです。

 

 同じ作者の手になるもの、かつ登場人物もほぼ一緒なれど片方は大好きで、片方は受け付けないという不思議な感想を持ちました。

 

 

ステキな奥さん ぶはっ

ステキな奥さん ぶはっ