昔、読んだことがある・・はず。「知的生産の技術」梅棹忠夫 kindle版

 
f:id:main-sub:20160318190000j:image
 
昔、読んだことがあるはずなんだけど、初めて読んだようなそんな感想を持ちました。あれっ、こんな内容の本だっけ、と。軽く驚きましたよ。
 
著者の梅棹忠夫さんは1920年京都市生まれ。京大人文科学研究所教授のち京大名誉教授。
 
「梅棹忠夫」は、一般人、アカデミズムにおける業績を知らない私のような人から見れば「京大式カード」の発明者であり、この本「知的生産の技術」は「京大式カード」つまり今で言う所の「情報カード」の使い方についての古典だと思っていました。
 
 昔、図書館から借りてきて読んだはず、だし「情報カード」の使い方にとても刺激を受けました。文房具屋さんに行くと見かけた「情報カード」ってこう使うのだ、となんか興奮したのを覚えています。私の記憶の中では「知的生産の技術」という本はそういう本だったはず、はずなのですが・・。
 
 この本は全11章からなっています。私が驚いたのは「京大式カード=情報カード」のことがそんなに書かれていません。全く書かれていないわけではないですがそんなに分量は多くないです。しかも、もしかしたら「京大式カード=情報カード」はこの本の主題ではないのです。今回読み返してみるとそう感じます。
 
 だったら、主題は何なのか? 多分本の題名の通り「知的生産の技術」です。著者がいかに知的生産の技術を考えてきたか、いかに試行錯誤してきたか、これからどうなっていくのか・・それらについて考察している本です。
 
後半の章に行けば行くほど「カード」についての記述は減っていきます。いやほとんどなくなっていきます。焦点は技術、知的なことをいかに生み出していくかについての技術に向かっていきます。
 第5章 整理と事務、 第6章 読書、 第7章 ペンからタイプライターへ、第8章 手紙、第9章 日記と記録、第10章 原稿、 第11章 文章、となってます。
 
 特に第7章 ペンからタイプライターへ、などはタイプライターの話ばかりです。タイプライターの話ではありますが、そこはある意思に貫かれています。貪欲に貪欲に技術を追求していこうという筆者の意思を感じるのです。
 
 知的生産をその時代の技術、昔の技術、最先端の技術、など「技術」を使って高めていきましょうと読者に勧める・・・それがこの本の本質ではないかと感じています。
 「京大式カード=情報カード」は、ローテクだけれども、優れた技術としてこんなにも役に立つんですよ・・・著者はそう言いたかったのではないかと思います。
そしてそのことを言うのにあまり枚数はさかれていないのに、我々の印象として強く残ります。それゆえ、この本が「京大式カード=情報カード」の古典とされているであるなと感じた次第です。
 

 

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)