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子育て「日記的」な面白さは続く。「まんが親」第3巻 吉田戦車 kindle版

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 吉田戦車作「まんが親」第3巻です。

 

 娘さんも育って、幼稚園入園となります。成長は止まることを知りません。ただただ育っていくのです。体も大きくなって、背も伸びて、体重も重くなって、言葉も達者になっていく、その様子が描かれます。

 

 妻である伊藤理佐さんが同時期に娘さんを描く「おかあさんの扉」を連載していますが、「まんが親」第3巻で完全に漫画として違うものとなったような気がします。

 ジャンルはともに「子育て漫画」ということになりましょうが、やはり、全く違う表現になっています。

  「エッセイ漫画家」伊藤理佐さんが家族の日常を面白く切り取って、抜群の面白ネタに変えていくのに対し、「不条理ギャグ漫画家」吉田戦車さんは日記のように日常をつづっていくのです。面白いこともあったり、面白くないこともあったり、そんな日々を描いていくのです。

 

 第3巻で私が注意をひかれたのは、父と娘が遊ぶシーンです。作者は、繰り返し繰り返し描きます。

 ごっこ遊び、怪獣遊び、プリキュア遊び、パパ登り、など、必ずと言っていいほど描くのです。

 その遊びを通じて作者は、娘の成長を感じるという作者自身の心模様を表現していくのですが、それがすごくいいのです。

 読者は、こんな感じに親と遊んだような気がするなでも覚えていないな、と子供目線で読むことも可能ですし、親目線でみれば、子供って同じ遊びでも成長するんだな、と読むこともできるわけです。

  娘さんは、一心不乱に遊ぶんです。私たちが子供の頃おそらくそうであったように。親はその成長を感じながら遊ぶのだな、少なくとも作者はそう感じながら遊んでいるのです。

 

 妻、伊藤理佐さんの「おかあさんの扉」は母と娘の話で、この親子関係がこれからも続く、娘は成長するけれども母と娘の関係は続いていくことを確信して描かれている漫画であるように思えます。

 一方、夫、吉田戦車さんの「まんが親」は父と娘の話で、親子関係は続くけれど、父と娘の関係性をいうものは、寂しいけれど娘の成長とともに親密さは失われていくものなのだ、ということを確信して描かれている漫画だと思うのです。(それは漫画の中での作者のセリフとなって描かれています)

 

 父が娘と親密でいられる期間は限られていて、その期間の出来事を日記のように残していく。そしてもちろん、子育て漫画の作品としても成立させてゆく。

 第3巻はそんな複雑な作者の心模様が垣間見える作品になっています。

 

まんが親 3 (ビッグコミックススペシャル)

まんが親 3 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

 第1巻第2巻の記事はこちらです。

 

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